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ROCKY DAYS
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Lights

写真の本来ある意味は光を捉えることである。 しかし対象を偶然的に観測したのか、それとも意図的に創り上げたものを収めたかで大きく意味が異なってくる。 「観測」と「創造」この2点では作者としての個の立ち位置が違うのだ。 「観測」という目に入ってくる事象を収め、時間を切り取り記憶に残す。そうした人としての営みの中においての事象が人の心を動かすこともあるだろう。 「創造」はある種意図的に、作為的に創り上げられた事象そのものだ。 私は写真という行為においてこのどちらにも属さない。 いわば「創造」の過程を「観測」すること。 この意図した行動の途中で起こる偶然性、曖昧さに生まれるえも言えぬ感動を私は捉えたいと感じている。 例えを変えると、「創造」とは最初から最後まで過不足なく設計する「プログラミング」であり「物理演算ソフト」と変わりない。確かに上手く作動させた時に嬉しさは計りないことだろう。そこには自分の期待を超えることは起こらない。 一方で「創造」の過程を「観測」することは「量子力学」と似ている。ある物理量が観測されるまでそこには複数の状態が同時に存在し、観測した時初めてその「状態」を理解できる。 最終的に撮るまでどのような結果になるのか100%は言えなく、撮影した「瞬間」に生み出したものを理解できる。 そうした意図したことを超えていく時に感動を覚える。 他者からそれは未熟な振る舞いだと思われるかもしれない。 しかし想像が完全にできてしまったものほどつまらないものはない。そういった少しばかりのロマンチズムを写真に抱いているのかもしれない。 とはいったものの99%準備した上での1%のブレイクスルーを期待しているので、実質「創造」するのが好きと似通ってくるのは否めない。 長くなったが、私は写真において光をただ「観測」することには期待してはいなく、「創造」の過程に潜む未知を「観測」することに飢餓している。

©︎ rocky_days_ 2026